ACC 危機の子供たち・希望 ロゴ
Top > 私たちの活動 スタディ・ツアー

スタディ・ツアー ~出会いから学ぶこと~

ACCの活動目的の一つに、子どもたちがおかれている紛争などによる社会的困難を、いわゆる「援助対象」として彼方にみるのではなく、そのような困難を生み出している現状に対し、同じ時代を生きるものとして、私達自身もまた、この世界を形成している当事者であるという自覚を深めることがあります。

それは、ひとつにはその事実が問い掛けるものを学ぶことでもあります。また、そうして認識した事実に対して、自分がどう関われるかを考えることでもあります。そして、感じたこと、知ったこと、学んだことを、発信することでもあります。

これらはいずれも、大変難しいことですが、向かってゆく目標として、自覚的に努力することが大切ではないかと私達は考えています。

このような見地からACCでは、スタディ・ツァーを重要な活動項目の一つに位置付けていて、2002年から毎年春に旧ユーゴスラビア圏へのスタディ・ツアーを実施してきました。

その地に赴き、人々と出会い、交流することにより、今、この時に、私達の日常とは全く違う現実が展開している事実を知ると共に、そこで暮らす人々と私達の出会いを通して、戦争と人間、社会と人間、人間らしく生きるということ、人と関わるということを、それぞれが自分の中で考え続ける指標となることを願ってのことです。

えーっと鶴の折り方はね・・・ えーっと鶴の折り方はね・・・

ACCのスタディ・ツアーは、セルビア共和国の姉妹団体で心理社会支援専門の現地NGO「Zdravo daste」(英語名Hi Neighbour)の全面的協力を得て行われています。

「おばあさんの手」プログラムに参加している難民女性たちを尋ねたり、またロシアの著名な心理学者ヴィゴツキーの理論を基にデザインされた心理ワークショップを難民や養護施設、また地元の子どもたちと体験したりの交流は、多くの忘れがたいものを参加者全員の心に残してくれたように思います。こうした交流の積み重ねが、より平和的な世界の実現への歩みとなることを願ってやみません。

難民センターの子どもたちと幼児教室で 難民センターの子どもたちと幼児教室で

これまでのスタディ・ツアー

第一回 2002年3月2日~3月19日
 セルビア共和国、クロアチア共和国、ボスニア・ヘルツェゴビナ

第二回 2003年2月27日~3月10日
 セルビア共和国

第三回 2004年2月27日~3月10日
 セルビア共和国

第四回 2005年2月23日~3月8日
 ポーランド、セルビア共和国

第五回 2006年2月26日~3月5日
 セルビア共和国、コソボ(セルビア人居住地)

第六回 2007年3月4日~3月12日
 セルビア共和国

第七回 2008年3月2日~3月10日
 セルビア共和国

第八回 2009年2月28日~3月15日
 セルビア共和国、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ(セルビア人居住地)

第九回 2010年2月21日~3月40日
 セルビア共和国、ボスニア・ヘルツェゴビナ

参加者の声(感想文から抜粋、なお所属はいずれも参加当時)

その難民センターにおいても子どもたちを見る大人たちの表情からとても暖かいものを感じたのを覚えている。彼らにとって子どもたちは希望のすべてであり、彼らの愛情はすべて子どもたちに与えられていた。それと同時に大人たちもその愛情をうけて生き生きとして成長する子どもたちの姿から、この過酷な状況のなかでも生きていこうとするエネルギーを受け取っていたのだと思った。

上智大学文学部3年 熊野 哲士

僕らが出会った人たちの顔には、笑顔も、そして涙も存在していた。そのことが今でも不思議に思えてならないし、ひょっとしたら人の中には、どのような状況からも回復に向かう強さが存在しているのかもしれないと考えてみたりもする。「戦争で苦しんできたかわいそうな人々」なんて、ありきたりのイメージで彼らを定義することは出来ない。

智社会福祉専門学校 社会福祉士・児童指導員科 1年 高橋真人

「人と人が出会う、それがミラクルで、だから Life is beautiful なんだ。」 僕は、この言葉を、まさか難民の人から聞くとは思いもしなかった。彼が言ったから、どがーんと心に残っているんだと思う。難民とか以前に、人間として健康な心を、彼は、そして僕が会ったあいつらも、みんな持っていたんだろう。はっきり言って、最初に出会ったときに、「この人は難民で、苦しい生活をしており、いわゆるカワイソウな人だから、いたわってあげないといけない」って感じで接したことはない。今になって、なぜだろうと考えることがよくある。たぶん人と人が出会うときは、お互いに、一人の人間と一人の人間で、それ以上でもそれ以下でもないのだ。そして僕は、彼らの心に触れて、彼らを知る。彼らも、心の触れ合いを通じて、僕を知っていく。そこではもう、言葉なんかほとんど意味をなさない。

上智大学文学部3年 橋本明史

私はユーゴではっと息を飲むような、「美しい」ものを見た。それは火曜の学校の子供たちにカエルを折ってあげている時に起こった。
 それを見た時に私の胸はドキッとした。締め付けられて苦しいと思いきや、癒しを受け、清らかになった感じがした。それは私が今までに見た中で一番美しいものであり、たぶん、この世の中では一番美しいものだろう。子供たちはカエルを折る私の隣に座ってそれが出来あがるのを待った。そして、出来上がったカエルを渡すとみんな本当に嬉しそうだった。飛びっきりの笑顔をお返しにくれた。私も嬉しかった、あなたがそんなに喜んでくれるなんて。そんな笑顔をくれるのならば、私はカエルを何匹でも折ることができるであろう。その笑顔は全くもってきれいで、汚れのない、透き通っていて、本当に美しいもので、それを見るもの全ての汚い部分を綺麗に洗い流してくれた。ああ、私は何と幸せなんだろう。世界の人がこの笑顔を見たならば、世の中は何か変わるかもしれない。その笑顔はまた、素が一番であるということも、私に再認識させてくれた。子供は美しい。子供は地上に仕える天使なのかもしれない。たぶんそうなんだろう。

日本女子大学文学部3年 内田惠

色々なワークショップがありどれも面白くて心の中に残っている。その中で自分の心の中に深く刻まれた事、それは初めの頃に言われた『子どもは先生』という言葉だ。誰もが必ず子どもを経験しているが、大人になるとほとんど常識や限界というものを作っているような気がする。それを子どもは打ち砕いて僕らと接する。

湘南工科大学3年 遠藤隆太

ゴイブリャの子どもたちは、とても静かで張りつめていて、彼らの生活がどういうもの か想像すると、なんとも言えない気持ちになる。自由に生きられないことがどんなことか、人間にとって自由に生きるとはどういうことなのか、日本に帰ってからもずっと考えていた。

上智大学文学部4年 小田道子

彼らの口から空爆の悲惨さを実際には聞かなかった。また、聞こうとも思わなかった。しかし、その悲しみは想像することができた。確かに世界中で起きている悲しい矛盾に対して、私は無力かもしれない。しかし何もせず始めから無力感に囚われる前に、想像力を働かせ、何ができるか考え、実行に移すことだってできるはずだ

上智大学文学部3年 森泉尚子

彼らの戻る家は、今私が見てきたあの難民センター。お世辞にも住みやすいとはいえない、冬場は冷え込むであろうあの場所。なんで生まれた場所が違うだけで、こんなにも違ってしまうのだろう。こんなの不公平すぎる。じゃぁどうすればいいんだろう。私には何もできないのだろうか。ただただこの事実を、だまって受け取るしかないのだろうか。やっぱり悲しすぎる。今の私に、彼らの生活を劇的に変える事はできないが、彼らのことはずっと私の心の中に留めておかなければならないと思った。普段これほど恵まれた日本で生活していると、どうしても素通りしがちな事実。世界には私たちの当たり前が当たり前でない人が、何千何万もいること。そしてその事実から目をそむけてはいけないし、むしろもっと向き合っていかなければいけないと感じた。今の私には、この経験をできるだけ多くの人に語り、多くの人に関心をもってもらうくらいしかできないかもしれないが、そんな小さなことから私ははじめていかなければと思った。

上智大学経済学部3年 太田繭子

そう、私は今セルビアで貴方が生きていることを知っています。貴方という一人の人間の存在を分かっています。ひたむきに生きていることを。私のできることは貴方の生存を知っていること、貴方の存在を語り継ぐこと。細くでも長く。ZDSの活動は人と人の関係を紡いでいくこと。関係が響き合い水面の波紋のように広がっていく。私もその一翼の羽のひとつを担えるか。「人は人の中で人となる。」

心理カウンセラー  笈田 育子

おばあさんたちは本当に優しく、温かかったです。そして多くの作品はその心を映し出すかのように美しく、丁寧に作られていました。今回のツアーで初めて出会った私を、まるでずっと昔から知っている子供のように親しみを込めて接してくださいました。ワークショップではおばあさんと私たちでペアを作り、それぞれが表現したいことをやった後、それに名前をつける、というものでした。多くの人は今の自分の気持ちを述べていました。私は「本当の贅沢とは、人間関係に恵まれることだ、という言葉を思い出しました」と言いました。日本という豊かな国に生まれ育った私が言えることではないかもしれません、しかし苦しい難民生活を強いられてもなお、優しい笑顔と清らかで温かい心を持ち、互いを思いやって生きているおばあさんたちと、一部だと願いますが、日々追われるように過ごし、自己の利益追求に走り、他人を思いやる心のゆとりをなくしてしまった東京の人々と、どちらが本当に豊かだと言えるでしょうか。

上智大学法学部4年 久米澤 咲季

この旅の中で一番心に残っていることの一つに、ブルニャチカ・バニャで会ったコソボからの難民のおばあさんたちとの出会いがあります。彼女たちは私たちの到着を本当に歓迎し、すごく喜んでくれ、そこでは予想していなかったことが起こりました。ギターに合わせてコソボの歌を歌ってくれていた時、横に立っていたおばあさんの眼からは涙が流れていました。それを見た時、「それ」は始まった気がします。彼女の涙や表情は全てを語っていて、私の中にもまっすぐにそれが伝わってきました。「難民となる」ことの意味が分かったような気がしました。

慶應義塾大学法学部3年 後藤加奈子

たくさんの感謝すべき再会はまた、果たすことができなかった再会への悲しみを助長させる。コソボの小さなエンクレーブ・ゴイブリャ村で、今なお祖国の歴史に翻弄された自分の人生と戦っているだろうあなたたち。私は、私たちは、あなたに会いたい。あなたを忘れない。

上智大学法学部3年 竹内めい

以前、友人に「何で日本ではなくセルビアでなければいけないの?」と聞かれたことがあったが、はっきりとは答えられなかった。その時の私には自分の中に確かな答えを見つけることができなかったからだ。しかし、今の私ははっきりと答えられるだろう。
 子どもたちを思う気持ちに線引きは必要ない!国家という壁は関係ないのだ。一人の人間が一生の間に出会える人の数は限られているだろう。たとえ国は違っても、自分の出会った大切な人が幸せであってほしいと願う。そのために私はこの活動を続けたい。

法政大学工学部3年 前田はるか

目の前にいる子どもが、笑顔をみせる、心を開いてくれるということは、これ以上ないというほどの感動を僕にくれた。その後も何回か子ども達と遊んだけど、まずやること、やりたいことは笑わせることだった。そして、いつだって子ども達が笑ってくれた瞬間が一番嬉しい時だった。子ども達がくれた笑顔、その瞬間を僕は一生忘れないと思う。

島根県立大田高等学校3年 守山芳樹

ご賛同・ご支援いただける方は、ご協力方法のページもご覧下さい。

会員お申し込み、ご寄付によるサポートについて