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スリランカ事情 ~ACC活動の背景~

「インド洋の真珠」とも言われる「スリランカ民主社会主義共和国」。世界第三位の生産量を誇る「セーロンティー」で知られるこの国は、インド洋に浮かぶ日本の北海道より一回り小さい島国です。

紀元前にも遡る歴史を有している国でありますが、この国も他の南アジアの国と同様、「大航海時代」の1505年にポルトガルの植民地となり、その後もオランダ、イギリスの支配下に置かれていました。この国が「英連邦内自治領セイロン」として一応独立したのは1948年、「スリランカ共和国」として完全な独立を果したのは1972年のことでした。1978年に、現国名「スリランカ民主社会主義共和国」に改称され、現在に至っています。

「スリランカ」は、「輝ける島」という意味を持ちます。しかし、多数派シンハラ人と少数派タミル人の間には、歴史的にみれば紀元前からの確執があり、1983年、両派の宗教、経済、政治的相違によって起きた「大騒擾事件」以降、その対立は激化し、この「輝ける島」は苦しみの島となっていったのです。

1987年、北部に拠点をおくタミル人の反政府組織LTTE(タミル・イーラム解放のトラ)の独立宣言を契機に内戦状態に陥り、インドの介入や、ノルウェーの調停で一時停戦もありましたが、散発的なテロも続いて、泥沼の内戦状態は収まる様相がありません。2002年に締結された停戦合意も、2008年1月には政府の破棄発表がなされ、その後テロ攻撃強化が予想されるとして、警察と治安部隊はスリランカ全土で厳戒態勢に入っています。

紛争の激化の中で犠牲となったのは殆どが一般市民、亡くなった人は80年代だけで、6万人とも7万人とも言われています。

そのような状況下、働き手である父親を亡くした子どもたちは、生活のめどが立たない中で、自らが働き手となり家計を支える状況が多く見られます。日々の生活の中で、安全が脅かされることも多く、さらに基本的な環境設備を供給するだけの財源も人材も欠如しているために、生活環境状態も劣悪であると言わざるを得ません。2004年12月のスマトラ島沖地震による津波では3万人以上の人が亡くなり、特に海岸部は大きな被害を受けました。

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