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カンボジア事情 ~ACC活動の背景~

9世紀から13世紀にかけて、インドシナ半島のほぼ全域を支配していたクメール王朝、その時代に建設されたアンコール遺跡群は、1992年に世界文化遺産に指定されています。この1992年はカンボジアにとって、1970年から20年以上にわたって続いていた内戦が一応終結して、国連暫定統治の下に復興への道を歩み始めた、特別な年でした。それから約20年・・・カンボジアは未だにその負の遺産に苦しんでいます。

1975年から約4年続いたポル・ポト(クメール・ルージュ)政権下で起きた「大量虐殺」は、映画「キリング・フィールド」で描かれたもの以上に残酷なものでした。推定150万人といわれるこの「大量虐殺」の犠牲者の中には、教師、医師、文化人、といった知識階級にあった人々が多く含まれていました。政権に反対を唱えそうな人々を次々に捕らえ、拷問の末に虐殺していったのです。そして、同じ国の人間同士が、「殺す側」と「殺される側」となったことが、その時代を生き延びた人々の心に、今尚大きな傷を残しています。

この時代に消えていったのは尊い人命だけではありません。「学校教育」は破壊され、「農本主義(農業を国の中心とする)」の旗印のもと、幼い子どもたちまでもが、モッコを担ぎ、クワを握り、農村での重労働に駆り立てられたのです。また、それまでこの国に豊かな実りをもたらしていた「潅漑施設」もその犠牲となりました。

内戦終結後、国連や多くのNGOが、この国の「復興」に力を注いできました。首都プノンペン、またアンコール遺跡観光の拠点であるシェムリアップは、外国資本の大量投下もあって、その復興にはめざましいものがあります。一方地方農村部にはその恩恵は及んでいません。電気・水道などのインフラ整備は言うに及ばず、いまだに学校の建物や医療施設などが不足している状態です。

内戦時代、教育の機会を奪われ、明日をも知れぬ生命の不安に怯えてきたクメールの人々が「教育」にかける思いには深いものがあります。そして、この国が真の復興を果たしていくために一番必要なのが「教育」であることは確かです。しかしそれは容易なことではありません。政府の財政基盤が弱く、教育用予算が十分でないために、教科書などの基本教材さえも不足している地方農村部の状況が改善されるためには、まだ長い時間がかかることでしょう。

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